春日グループ

新しいバイオマテリアルの提案

 高齢者だけでなく、生活習慣の変化から生じる若年層の骨や筋肉の衰えも多く生じており、効果的な予防と治療が望まれています。 そのためには、革新的医療技術を提案できるようなバイオマテリアルを提示する必要があります。
 当研究グループでは、素材特性のデザイン材料形状のデザインの両面から、バイオマテリルの高性能化をめざした研究開発を進めています。

バイオセラミックスの機能を綿形状化により高度化する

整形外科手術で治療される骨欠損部の形状は様々であることから、任意形状に収まるよう高い柔軟性を有していることが、強く望まれています。
 そこで当研究グループでは、ポリ乳酸など(PLLA、PLGA)に、骨形成に有利なセラミックスとしてβ型リン酸三カルシウム粒子とケイ素を含む炭酸カルシウム粒子を練り込んだ複合材料を長繊維に成形し、これを絡み合わせて収集することで綿形状に仕上げました [セラミックス 52: 397-400, 2017; Key Eng Mater 782: 53-58, 2018]。

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 この複合材料中の炭酸カルシウムからは、生体内に埋入して早い時期にカルシウムとケイ酸イオンが徐放され、その後、比較的長期間に亘ってCa2+イオンが徐放される、といった設計がされています。 細胞培養試験結果では、カルシウムイオンの存在に加えて比較的初期段階に適量のケイ酸イオンがあれば石灰化の促進効果が現れることを見出しています [J Mater Sci 52: 8942-56, 2017]。

 綿形状であるため、どのような欠損部へも変形させて埋殖できます。 また、血液や自家骨と混ぜることもできます。 生体内に埋入した際には自然に繊維間に隙間ができるので、ここに破骨細胞や骨芽細胞が入り込み骨を形成することを確認しています。

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 最終的にこの人工骨は体内で吸収され、自家骨に置き換わります。 すなわち、ヒトの持つ骨形成能力を活用した再生医療といえます。 この成果は最近米国で実用化され、外傷用・脊椎用として使用されています。 たとえば、椎間板ヘルニア手術において金属プレート・ボルトで脊椎を固定した周辺に迅速に骨形成させたい場合などに使用できる可能性があります。

 このような独自の綿形状化技術を用いて、新たな再生医療用デバイスへ繋げる研究を進めているほか、より一層の効果を引きだすため、カルシウム、リンなどの硬組織を構成する元素に加え、ケイ素、亜鉛、マグネシウム、ストロンチウムなどを利用した骨形成促進効果や骨質の向上をめざすマテリアルデザインを進めています。 これらの元素を含んだガラスの組成と複合材料中での分散状態を工夫して骨形成促進薬剤を合成する研究などを始めています。

リン酸塩ガラスの構造を制御してバイオマテリアルを高度化する

 1969年にHenchが最初の生体活性ケイ酸塩ガラス(Bioglass®45S5)を報告して以来ほぼ半世紀になる今も、ガラスの新たな生体機能の発掘、骨再生を促すメカニズム解明などの研究が精力的に進められています。 当研究グループでは、リン酸塩ガラスに注目して、その構造制御によって新たな、あるいは高度な生体機能を創出することをめざした研究を進めています。

 リン酸塩ガラスは酸性度が高いため様々な成分を広い範囲で含有できる可能性があり、組成の自由度が高いことが大きな特徴です。 しかし、最もガラス化させやすいリン酸カルシウム組成(たとえば、CaO:P2O5=1:1)ではリン酸成分の多量の溶出によりガラス周辺を酸性化するため、生体組織への影響を考えねばなりません。

 そこで、リン酸成分を極限まで減少させ、かつ、TiO2あるいはNb2O5を少量添加することで、イオン溶出量を抑えた新しい組成のガラスを開発しました。 たとえば、60CaO-30P2O5-10TiO2のようなCaO成分が非常に多く、通常ではガラスにはならないと思えるような組成を見いだし、骨と化学結合することが動物実験で確認されました [Acta Biomater 1: 55-64, 2005]。 そして、諸分光法(NMR、XPSなど)と分子動力学を用いたガラス構造の解析を行い、さらなる機能の向上に役立てています [J Phys Chem B 121: 5433-5438, 2017]。

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 優れた機械的性質をもつチタンやジルコニウム(およびそれらの合金)の生体機能を高めるためには、極めて薄い生体機能コーティングが望ましく、これを長期間機能させるために化学耐久性に優れながらも骨形成を促進するガラスが必要です。 そこで現在、高周波スパッタリングによるリン酸塩ガラスコーティングについて研究しています。 Nb2O5添加は、リン酸塩ガラスの化学耐久性向上に寄与します。 たとえば、60CaO30P2O57Nb2O53Na2Oガラスからのイオン溶出量は7日で約5%であり、長期間にわたり微量にイオン溶出するタイプで、かなり薄いガラス層であったとしても比較的長期間機能すると期待されます。 鏡面研磨したガラス試料片上での骨芽細胞様細胞の挙動を調べたところ、Nb2O5を含有しないガラスと比較して、分化能(ALP活性)は有意に高い値を示しました [ACS Appl Mater Interfaces 4: 5684-5690, 2012]。

 また、リン酸塩ガラスに少量のSiO2を添加すると6配位ケイ素構造が形成する場合があり、その際にはガラスからのイオン徐放性が変化することを見いだしています [セラミックス協会秋季シンポジウム(2016)]。 現在、治療イオン徐放性製剤への応用を視野に入れて、6配位ケイ素構造の組み込みによるリン酸塩ガラスの生体機能制御に関する研究も進めています。